『昭和』は遠くなりにけり・・(PART2)

時は、昭和40年代の高度経済成長期。子どもたちに人気のあるものの代名詞として広まったのが

『巨人・大鵬・卵焼き』。

ご多分に漏れず、“御三家”は私の少年時代のヒーローであり憧れでした。


この流行語の生みの親は、作家でのちに経済企画庁長官も務めた堺屋太一氏。

氏が通商産業省の官僚だった頃、経済報告の記者会見中「子どもたちはみんな、巨人・大鵬・卵焼

きが好き」と話したのがきっかけだったとか。

(ほかにも『団塊の世代』という著名なコピーを世に送り出したのは、ご存知のとおり)


 確かに当時、プロ野球では王・長嶋の活躍で圧倒的な強さを見せつけV9を達成した巨人、大相撲

界にあっては大横綱で人格者として知られた大鵬の黄金期。

そして価格の変動がほとんどなく、“物価の優等生”と呼ばれた鶏卵。卵焼きは、弁当のおかずとし

て徐々に定番化していきました。


 後年、嫌われるものの代表格に『江川・ピーマン・北の湖』、辛抱する人といえば『おしん・家康・

隆の里』などのパロディも生まれました。


 その頃の暮らしは決して豊かとはいえませんでしたが、穏やかにゆったりと時が流れていたように

感じます。ハラスメントだ、個人情報保護だ、コンプライアンスがどうだ――とかくギスギス感が

漂いがちな今とは対照的。

アナログの世界でのほほ~んと生きてきた私にとって、この時代はまさに宝もの。私の大切な

『昭和』は、はるか遠くなりにけり・・。

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